DMC×V&A J.Hダール「ゴールデン・リリー」クロスステッチ刺繍完成。

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イギリスの国立博物館「Victoria & Albert Museum」とDMCがコラボしたクロスステッチキット、
J.Hダール「ゴールデン・リリー」完成したのでフレームに入れてみました。
どこに飾ろうかな~~

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拡大するとこんな感じ。
バックステッチがなかなか複雑で、図案とにらめっこしながら刺し進めました。
バックステッチを入れると、前景と後景の差がハッキリ出て
画面が引き締まった感じがしますね。

200914-s2.jpg
バックステッチを入れる前はこんな感じ。
画面がぼやけています。

最近思ったこと(9月27日)。

私が昔からずっと考えている「日本人には明確な正義の概念がないかもしれない」件について、
最近思ったこと。





・Forbes Japan
人の正義を笑うな。SNSに蔓延する「冷笑主義」はなぜ危険なのか

>「正義の暴走」の引き金となるのは、正義への強い信念であるというよりはむしろ
>マジョリティ意識であり、社会になんらかの不安を抱える多数派が、
>正義の名のもとに少数派を攻撃することを正当化してしまった場合だという。
(中略)
>RT
>もし「正義の暴走」を本当に抑止したいと考えるならば、
>批判の対象となる政治的主張がファシズムや弱いものイジメに与するような主張であるのか、
>それとも反対にそれらに抵抗する主張であるのかという点を吟味する必要がある。

私は「世の中から正義がなくなりつつある」ことを憂えているので、
正義が暴走する以前に不公正な世の中であることが嫌だと思っているわけでして。
暴走の方をやたら強調する皆さんは、不正や嘘や理不尽が罷り通る世の中とか
別にどうでもいいと思ってるんでしょ?

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<2020年2月19日 更新>

「日本人には明確な正義の概念がないかもしれない」件について、引き続き。










昔は日本にも「仁」「義」があったと言われてるんだけどね。今は……

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<2019年7月6日 更新>

「日本人には明確な正義の概念がないかもしれない」件について、ずっと考えている。
同じようなことに関する議論は、Twitterでもいろいろ見られますが、
「明確な正義の概念のなさ」は「権威主義」であることと大いに関係がありそうです(↓)。






>「普遍的な公正や正義という概念」を理解するには哲学の伝統が必要だけど、
>日本は哲学が広まらない国なので
>「普遍的な公正や正義という概念」に従って行動する人も少ない。
(中略)
>多くの人は積み重ねた思考ではなく社会習慣と情念に従って生きている。

貼ったツイートは全部納得できる内容なんだけど、
「哲学がない」というのは新しい視点だと感じました。
なるほどね…確かに思い当たるフシはあるわ。
そういえば、こんな記事も気になってました(↓)。

・東洋経済Online
「地位はあるけど教養がない」人たちの末路 人も企業も進化するために「哲学」が必要だ

現在の日本は、哲学を無くした国のなれの果てなのかもしれません。

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<2018年2月2日 更新>

・現代ビジネス
「日本のどこがダメなのか?」に対する中国ネット民の驚きの回答

(以下、記事抜粋)
1. どんなものでも「日本化」したあとは、器が小さくなり「井のなかの蛙」的な雰囲気をまとう。

2. 「井のなかの蛙」になるとは、自分たちが永遠に他よりも優れていると陶酔的に思い込むことだ。日本は本当の改革をやりたがらないのに、世界が自分たちから遠ざかっていることを受け入れられない。中国が刻一刻と進歩を模索しているのとは大違いだ。
中国人のなかには、中国がまだまだ非常に遅れているのに対して、日本は各方面で世界のトップクラスの水準にあって国民は幸福に暮らしているのだから、日本人が「井のなかの蛙」になるのも当然だろうと考える向きもある。ただ、私はすべてがあながちそうとは言えないと思う。
日本人が「井のなかの蛙」に甘んじる理由は、安逸に流れている以上に深刻な怯懦があるゆえだ。中国人は通常、「井戸の外」の景色を見ることを好み、外に出ていこうと考えて、世界に対して純粋な好奇心を持っているのだが、日本人はこうした純粋さや勇敢さや「ものごとをもっと知りたい」という冒険心をまったく失っていて、自分たちの世界の狭さを感じるときがあっても「まあ仕方ないや」と自分を慰めるだけで終わる。

3.(略)

4.なのに日本人は非常に他国からの目を気にする。「外国人が大好きな日本の○○」といった話が非常に流行っていて、取るに足らないくだらないものごとを見つけて「世界で日本が大人気」といった曲解をおこないたがる。日本の庶民はこんにちになっても、自分たちの文化が十数年前の水準並みであると思い込んでいるが、この誤解には失笑を禁じ得ない。

5. 日本人は毎回、自分たちの誤りを総括する際にまずは言い訳を考え、改善する方法を考えることはほとんどない

6. 日本人は(こうした言い訳の際に)自分を守る余地を残しておいて、いろいろと婉曲な表現をおこない、しかもそれこそが謙虚で大人らしい姿勢なのだと考えている。これがある種の責任回避に過ぎないことにまったく気付いていない。

7. 日本人はとにかく組織に架空の責任を負わせたがり、個人の責任を宙に浮かせたがる。トラブルが起きたときはみんなで「どうしよう」と言い合うが、誰ひとりとして問題を解決しようと勇敢に立ち上がることも、みんなで団結して問題に蹴りをつけようとすることもない。
結局最後にどうしようもなくなれば、世論に頼って責任を追うべき人間を選び出す。そうして選び出された人間がやるのは問題の解決では決してなく、謝罪して辞職して、あとは列車に飛び込むことだけだ。

8~17. (略)

私は日本人が悪であると言いたいわけではない。彼らは極めて誠実で善良だ。ただ、彼らの骨身になんら明確な正義の概念がないだけである。彼らはなにが正しくてなにが間違っているといったことを明言することができないのだ(以下略)。
(← ここまで)

(※赤字・下線・太字等は私がつけました)
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「井の中の蛙」に関しては、良い面と悪い面と両方があると思うけど、
(例えば日本だけで楽しまれてるエンタメや流行があっても別に良いと思うが、
人権感覚なんかは世界標準に上げていかないとダメだろう、みたいな)
4番以降に関しては「あるあるあるある…」と100%同意できます。
特に5番と7番に関してはもう…本当に嫌だと私も思っています。
そして最後の言葉、「(日本人の)骨身に明確な正義の概念がない」というのは、
以前から私も『日本人ってもしかして…(そう思いたくないけど)そうなんじゃないか?』と
思っていたことをズバっと指摘されたような気がして、冷や水浴びせられた気持ちです。
例えば私は「いじめられた方にも問題があった」とか「レイプされた側に落ち度があった」等、
何かの被害者を叩く人たちが本当に嫌で、
「どんな理由があれ『加害した方が悪い』という意識をなぜ持ってないんだろう。
なぜ被害者側の落ち度を探して攻撃するようなことをするんだろう」と思ってたんだけど、
それは「明確な正義の概念を持ってない」と説明されるとストンときてしまうんだよな…
「明確な正義の概念」というのも定義が難しいけれども、
「この世の中にあなたが傷つけていい人・攻撃していい人なんていない」
という気持ちがあれば、被害者を叩くということは少なくともしないと思うし、
それは私の中の正義の概念の1つでもあります。
(実践できてるかどうかは別として、理想としてそういう行動指針を持ってる)
でも被害者を攻撃している人たちはもしかすると
自分の中で「この人は攻撃していい」「この人は攻撃しちゃいけない」という分類があって、
何かの被害に遭った人は、重箱の隅のような理由によって、
「攻撃していい人」という分類に入れられてしまうのかもしれない。
このような人には、「他人を攻撃してはいけない」という正義はないだろう。
これは1つのケースだけれども、このようなことが積もり積もって、
私は最近の日本人は明確な正義の概念を持たない人が増えているのではないか、
と思うに至った次第です。

こういう記事を読んで「もっともだ。こういうダメなところを改善したい」と思うかどうかだよな。
「中国人だって~フンガ~!」と論点逸らしをする人たちをネットの反応として見たけれども、
それがまさに「5.言い訳を考え、改善する方法を考えることはほとんどない」人だよな…

サッカー:今日のバデリ(9月24日 追記あり)。

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ジェノアのユニフォーム姿のバデリさんでーす
ラツィオとかフィオレンティーナのユニフォームも大分似合うなと思ってたけど、
このユニフォームもホント似合っててカッコいい!
バデリさんやっぱ赤似合うよ。クロアチアカラーだもんね。

200925-b2.jpg
セリエA開幕したようですが、スタメンで試合にも出ているみたい。
たくさん活躍できますように!



追記です。
ピアツァくんとバデリの会見出てました。

サッカー:今日のバデリ(9月23日)。

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1週間位前の話ですが、
バデリがラツィオからジェノアに移籍したようです。
動画も出てました(↓)。


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200921-b2.jpg
背番号は47になったようなんだけど、
ななななんで???どこから出てきた数字?

ちなみに、同じクロアチア代表のマルコ・ピアツァくんもレンタルで加入したようです。
2人共レギュラーとして試合に出て、活躍できるといいですね。

最近思ったこと(9月21日)。













東欧の某国では、多くの若者が職を求めて海外に出ていってしまい、
自国に残されたのは老人ばかりっていうドキュメンタリーを以前見た。
私は、このままだと自分が高齢になる頃には日本もそうなっているんじゃないかと
本当に心配している。
ただ日本は欧州みたいに陸続きではないから、
海外に出ていけるのは高等教育を受けた裕福な一握りの人だけで、
残されるは老人と貧しい人のみという地獄の様相になりそう…
なのにいつまでも過去の栄光にしがみついてアジアの国々を下に見て差別し、
海外からも誰も来てくれない見捨てられた国になりそうで本当に怖い…




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<2020年9月10日 更新>






<追記>




ひたすら虚しい……

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<2020年9月7日 更新>





>彼らは「生まれの格差」がある社会を望んでいるようです。
>そう考えると何もかも腑に落ちます。

生まれの格差がない社会、そういうものを誰もが望んでいると私は今まで思っていたけれど、
生まれの格差が「ある」社会を望んでいる人間の方がこの国には多い、と考えると
全て納得できちゃうんだよね、確かに。
一握りの「上級国民」と、大多数の「下級国民」がいて、
下級国民は上級国民のおこぼれを奪い合い足を引っ張りあっている、
あるいは自分も上級国民になりたくて必死になって彼等の靴の裏を舐めてるけど、
絶対に上級国民と同じ権利は得られないばかりか搾取されてポイされる、
それでも政治のことなんか考えたくないし支配されていた方が楽なんだもん、
そういう社会が日本人はお望みなんだな…という気持ちに私はなっています。
そしてそういう社会を資産家層だけではなく中間層も貧困層も望み、
中間層から貧困層に転落する人が増加し格差がますます拡がっても
そういう政策を推し進める政権を支持している。
無関心であっても、結果として支持していることになってしまっている。
ひたすら虚しいです。


いつになったら現実を見ることができるんだろう。
自分達がとんでもないものを支持してしまっていたことに気づいたら
地獄に突き落とされたような気持ちになるから、
いつまでも現実から目を背け続けるのかな。

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<2020年9月2日 更新>

















(以下、リンク先より)
だが、真の問題は、失政を続けているにもかかわらず、それが成功しているかのような外観を無理矢理つくり出したこと、すなわち嘘の上に嘘を重ねることがこの政権の本業となり、その結果、「公正」や「正義」といった社会の健全性を保つために不可欠な理念をズタズタにしたことにほかならない。
(中略)
不正をはたらき、それを隠すために嘘をつき、その嘘を誤魔化すためにさらなる嘘をつくという悪循環。それはついに、一人の真面目な公務員(財務省近畿財務局の赤木俊夫氏)を死に追い込んだ。高い倫理観を持つ者が罰せられ、阿諛追従して嘘に加担する者が立身出世を果たす。もはやこの国は法治国家ではない。
(← ここまで)

私がアベを絶対に許せないのはここなんだよ。
日本がこんな国になってしまったことが、本当に耐えられないんだよ。
なんでゆるふわ思考でアレに「お疲れ様」なんて言えるのか、私には全く理解できません。

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<2020年8月30日 更新>

安倍総理の辞任に関して、思ったことなど。















コロナに罹ってしまった人のことは差別したり中傷したりして
いじめまくるのに、政治を私物化した総理には
やたら優しい日本人の皆さぁぁぁぁん!!!!!(棒)




アレが自ら辞任したところで、私の怒りはおさまらないのであった。
だから、まだ祝杯はあげません。「逮捕」のニュースを見るまではね。

水球:今日のセツカたん(9月17日)。

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毎年恒例になっている、セツカたんが運営するヴコヴァルでの水球キャンプが
8月末に今年も開催されたもようです。もう3年目くらいになるかな?
そしてセツカたんが坊主になってましたがセツカたんは定期的に坊主になるので、
特に驚きはないです。

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こちらは2015年のクロアチア水球代表カレンダー。
坊主だろうがなんだろうがイケメンなことと、
私がセツカたんを好き好きスーなことに変わりはないです
どこまでもついていくもん


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安心してくださいッ はいてますよッッッ
この写真は元クロアチア代表サッカー選手のムラデン・ペトリッチに
やや似ていると思います。

DMC×V&A J.Hダール「ゴールデン・リリー」クロスステッチ刺繍 もうすぐ完成。

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イギリスの国立博物館「Victoria & Albert Museum」とDMCがコラボしたクロスステッチキット、
J.Hダール「ゴールデン・リリー」です。
6月に宮城県美術館「ウィリアム・モリス展」で「ゴールデン・リリー」の現物を見て、
『これは絶対に刺繍したい!』と思って速攻で始めて、
クロスステッチ部分まではすべて刺し終わりました。残すはバックステッチのみです。

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以前刺繍した「いちご泥棒」よりは色飛びも少なく、同色をまとめて刺せたにも関わらず、
やっぱり2ヶ月くらいはかかりました。
全体的に淡い色合いなので、背景と花の境界がわかりづらいところがありますが、
バックステッチを入れるとぼんやりした輪郭がハッキリしてくると思います。
比較のため、完成したらまた写真上げます。

サッカー:今日のバデリ(9月5日)。

バデリさんが、フィオレンティーナからラツィオに戻ってきたようです。
フィオレンティーナではあまり良いプレーができなかったみたいなので、
今年はリベンジできるといいですね。

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リュックの肩紐を逆手で持つ30歳かわいい。

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こちらは腕クロス。

音楽:最近よく聞いている曲(8月26日)。


数年前の曲だけれども、The Weeknd「Starboy」。
発売されたばかりの時に聞いて、衝撃的でリピートしすぎて飽きてしまって、
しばらく聞いてなかったんだけど、久しぶりに聞いたらやっぱりすごく良い。
なので、この夏はヘビロテしています。
こういう抑揚のない曲が好きなんだよねぇ。
曲もいい、声もいい、でも歌詞は病んでる。闇深すぎ…



抑揚のないといえばデュア・リパちゃんの「One Kiss」、相変わらず飽きずに聞いてます。
笑わない歌姫デュア・リパちゃん、超絶かわいい~~~
70年代風の古臭いPVも含めて大好きです

最近思ったこと(8月23日)。

日本の広告とか◯◯PR等を見て思ったことなど。


>コンピューターの広告はたいてい男性が出てくるのに、
>複写機の広告のはほとんど女性。
>まるで女性は複写機の添え物のようです。
(中略)
>それにしても週刊誌の表紙、グラビア、お酒の広告、テレビの深夜番組のカバーガール。
>どこも女性、女性、女性。
>女性が魅力的だからという以上に、なにか安直な添えもの的ニオイがしませんか。

1970年ですから今から50年前に、こういう視点の広告があったんですね。
正直、驚きました。
女性を添え物的な役割とかアイキャッチとして安易に使いすぎという視点が
当時の広告業界には少しはあったのかもしれません。
上司の命令に楚々と従ってコピーを取る「理想的な」女性ではなく、
反抗的に舌を出す女性の写真を使ったところに、
昔の広告ですがスカっとした新しさを私は感じました。

>複写機の広告というと すぐ女性が出てくることに
>女性はもっと怒るべきです。

だから今怒ってるよ!
当時の空気はわからないけど(生まれてないので)、
私がこういうことに怒れるようになったのは、最近のことです。
(それまでは、なんかモヤモヤするものを感じても
そんなことを思ってるのは私だけかもしれないし、
これはおかしいだろと言えなかった)
ちなみにジャパンは当時から進歩したかというと…(↓)




こういうマスコットキャラクターって、なぜか「女の子だけ」というパターンがほとんど。
男女ペアでマスコット化されるパターンもあまり見かけません。
そして、「男の子だけ」をマスコットキャラクターには
絶っっっっっっっ対にしないという強い意志を感じます。
これは何もキャラクターに限ったことではなく…(↓)




別に日本酒文化大使をAV女優が務めたっていいんだけど、
「あ、日本酒業界は女性を完全にターゲットから外したんだな」とは思いますし、
ビールの広告に水着の女性が使われていた時代に戻りたかったんだ日本酒業界は、ふーん、
とも思われますよね。
これだけあからさまな人選をしたのは、そういうことなんでしょうから。
しかし主に男性の目を楽しませる役割・客寄せパンダ・アイキャッチとして
都合よく使われるのは「女だけ」(つまり男がターゲットで女は弾かれてる)ですが、
それ以外のことでも相変わらずジャパンはこうですよ(↓)。


少し古いけど、こういうのも(↓)。




なんで「男から目線」だけで「女から目線」がないんだこの国は?!

>世の中、モノをつくっているのも、政治をしているのも、広告をつくっているのも
>大部分が男性の男性社会。
>女性の立場から見れば、ずいぶんハラの立つこともありそうです。

1970年にこう呼びかけた視点は、2020年にはどこに行ったの?
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